Research

研究について

ATP合成酵素は、F1とFoと呼ばれる2つの回転分子モーターが接続したエネルギー変換分子素子です。
F1は、強いATP加水分解活性を持ちF1-ATPaseと呼ばれます。また、Foは脂質二重膜に埋まってその上下にかかるプロトンの電気化学ポテンシャルの沿ったプロトンの流れで駆動します。

私たちは、1997年にF1-ATPaseが実際に回転分子モーターであることを光学顕微鏡で実証して以来[1]、その分子メカニズムの解明に取り組んで来ました[2]。その一つの成果として、F1-ATPaseの反応スキームのほとんどを解明しました[3]。
現在残っている課題は、反応生成物の一つであるリン酸が回転のどのタイミングで解離するのかというものです。リン酸解離は、F1-ATPaseの主な力発生ステップであるため、その解明はF1-ATPaseの力発生メカニズムの理解に直結します。

もう一つ残された問題は、回転計測で観察されている反応中間状態とF1-ATPaseの結晶構造との対応です。F1-ATPaseの構造解析は、主としてイギリスのSir. J. Walker (1997年ノーベル化学賞受賞者) によって精力的に研究されています。これまで、我々が用いているバクテリア型F1とJ. Walker博士が用いてきた哺乳類ミトコンドリア型の反応スキームは同一だという前提で研究してきたのですが、最近になってバクテリア型と哺乳類ミトコンドリア型は異なるという発表がなされ [4] 、この前提が疑問視されています。そこで、この発表をした鈴木氏と連携して、哺乳類ミトコンドリア型F1の1分子解析を新たに立ち上げ、この問題の最終決着に取り組んでいます。

さらに重要な課題は、Foの回転機構です。Foは膜タンパク質でその扱いがF1と比べると格段に難しく、詳細な研究を阻んできました。その構造も長らく不明でしたが、2017年ノーベル化学賞にあるように近年格段に進化したクライオ電子顕微鏡解析技術によってFoの構造の詳細が解明しつつあります*[5]。しかし、Foの回転が発生する力の大きさや動きの詳細、そしてどうやってプロトン透過と回転が共役するのかは未解明の問題です。我々は、ATP合成酵素の回転ダイナミクスを解析する技術を開発しましたが[6]、最近ALBiCと呼ぶ脂質二重膜で封をしたリアクタ技術を開発して、1分子のATP合成酵素のプロトン輸送活性の測定に成功しました[7]。このシステムと1分子回転計測系を組み合わせることが現在のメインの課題です。 *2017年のノーベル科学賞発表の記者発表でも、V-ATPaseと呼ばれる我々が研究しているF型ATP合成酵素の親戚タンパク質の構造解析が成果の例として紹介されていました。

1. H.Noji et al., 1997, Nature 386, 299-302
2. H.Noji, H. Ueno, and D.G.G. Duncan, 2016 Biophys. Rev. 9, 103-118
3. R.Watanabe et al., 2011 Nat. Chem. Biol. 8, 86-92
4. T.Suzuki et al., 2015 Nat. Chem. Biol. 10, 930-936
5. M.Allegretti, et al., Nature 521, 237-40
6. R.Watanabe et al., 2013 Nat. Commun. 4, 1631
7. R.Watanabe and N. Soga et al., 2014 Nat. Commun. 5, 4519

野地研究室 Single Molecule Biophysics Noji Laboratory